高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

アメリカの「失敗したモデル」を模倣し続ける日本

高城未来研究所【Future Report】Vol.755(12月5日)より

今週は、米国オレゴン州各地をまわっています。

深い森と冷たい空気に包まれた、どこか時間の流れがねじれたようなこの土地に立つと、アメリカという国の実像と虚像の落差をあらためて肌で感じます。特に為替や株価という、あまりにも単純化された「数字」だけを凝視していると見えなくなる現実が、この国には幾層にも積み重なっています。

そして、残念ながら日本はその虚像を鵜呑みにし、米国が長年抱えてきた病巣の「悪い部分だけ」を、まるで輸入品のようにせっせと取り込んでいるように思えてなりません。

実は、アメリカの実質賃金は、この四十年ほとんど横ばいです。むしろ、多くの統計を丁寧に読めば読むほど、平均値に隠された中間層の没落が著しく、何百万人という規模で暮らしの基盤がじわりと崩れ続けていることがわかります。
この事実は、アメリカ国内にいれば誰でも知っている日常ですが、日本からはほとんど見えません。ドル円が動き、NASDAQが歴史的高値を更新し、「マグニフィセント・セブン」の決算が眩しく光っているかぎり、「アメリカは絶好調だ」と錯覚してしまいます。

実際、街を歩けば、どこへ行っても感じるのは、静かな、しかし確実に浸透しているインフレの圧力です。統計的にはインフレ率はピークアウトしたとされますが、日々の生活の実感はまったく逆で、コーヒー一杯の価格、ガソリン代、家賃、驚くべき外食費、そして医療費や保険料など、生活の根幹を形づくるコストは、もはや「高い」という表現では追いつきません。
かつてのアメリカは安価なエネルギーと大量生産による低価格を背景に、中産階級の生活を支えていましたが、いまや、庶民が普通に暮らすこと自体が難しい国になりつつあります。その証拠に、現在4000万世帯以上が自家菜園や保存食作りを始めているのです。

一方、スタートアップの成功者や巨大テック企業の社員が住む新興住宅地には、もはや日本の富裕層でも手が届かないような価格がつき、国家全体が二層構造へ向かって分断されているのを感じます。

この分断は社会的な価値観にも深く刻まれています。政治的には赤と青、生活圏は裕福な都市部と没落した郊外、世代間ギャップ、デジタルリテラシー、教育レベル、宗教観、ワクチンの接種率、さらには心身の健康状態まで、あらゆるものがモザイク模様のように入り混じりながら二極化し、隣に住んでいてもそれぞれがお互いの世界を完全に理解できない、巨大な断層のような社会が広がっています。
この断層の裂け目から生まれる怒りや不満が、いまのアメリカ政治を支配しているのは周知のとおり。つまり、アメリカはもはや「ひとつの国」ではなく、複数の価値観と複数の経済圏が寄り集まった「巨大な集合体」にすぎないということです。

興味深いのは、日本がそのアメリカの「表層の成功モデルだけ」を模倣するのではなく、「うまくいっていない部分だけ」を積極的に取り込んでしまっている点です。

そのひとつが、長期的な実質賃金の停滞で、これはアメリカの最も深刻な失策であり、日本がもっとも避けなければいけない未来のはずですが、日本も同じ道を辿っています。あわせて、富の集中と金融資産のバブル化が進む一方、地域の疲弊や若者の貧困が増大しているのも、まさにアメリカ型の「失敗の模倣」としか言いようがありません。もちろん、インフレ然り。

さらに言えば、日本国内の政治的・社会的分断も、ここ数年で驚くほどアメリカ化が進みました。SNS上の言説の過激化や、地域コミュニティの衰退、教育水準の格差、そして「正しい情報」の共有さえ難しくなっている現状は、日本が自ら望んで米国型社会を輸入した結果ともいえます。
分断とは突然起きるものではなく、長年の制度設計の蓄積から必然的に生まれるもので、このまま進めば、日本もアメリカと同じような二度と戻ることがない「価値観の断絶」を抱える社会になることは火を見るよりも明らかです。
このまま日本がアメリカの「失敗したモデル」を模倣し続ければ、いずれ両国はそっくりそのまま同じ問題を抱えたまま、同じ未来へ向かってしまうでしょうが、実はこれこそ日米同盟の本質なのかもしれません。

オレゴンでは、もう紅葉が終わり、本格的に冬がはじまりました。
日が暮れて寒さ募ると、実は気候変動もインフレも、エネルギー自給率と食料自給率が高い国家や地域が優位だった歴史的教えを思い出さずにはいられません。

国家安全保障や都市安全保障の本質を、いま各人が問いただす時期なのではないか、と森の静けさに包まれたオレゴンの片田舎のファームをまわりながら考える今週です。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.755 12月5日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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